大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(刑わ)3249号 判決 1978年5月26日

被告人 小倉静江

昭二五・一二・二一生 会社員

主文

被告人を懲役二月に処する。

但し、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

一  被告人の身分等

被告人は、東京都中央区日本橋蠣殻町一丁目七番九号所在の、証券売買等を業とする丸金証券株式会社(代表取締役社長司茂隆男、以下上記会社を単に会社または丸金証券という)の従業員であり、昭和五〇年三月結成された、同社従業員のうち少数の者が所属する丸金証券労働組合(以下単に組合または丸金労組という)の組合員である(なお、同社の幹部、職制、外務員を除くその余の従業員の殆んどは、同年五月結成された丸金証券従業員組合に所属している)。

二  労使紛争の発端等

ところで、丸金労組は、昭和五〇年春闘として、賃上げ等を要求し、会社側と同年四月二八日以降団体交渉を重ねてきたが、同年六月一三日の第一二回団体交渉に組合側が支援者一名を出席させようとしたところ、委任状の提示及び身分の明示を求める会社側と紛糾が生じ、双方激しい応酬の末、結局会社側は組合側に、自社の雇用する労働者の代表でなく、かつ委任状の提示及び身分の明示なき者との団体交渉はできない旨記載した文書を手交して同日の団体交渉を拒否するに至つた。そしてその後の組合側からの団体交渉要求に対しても、会社側は、右経緯に鑑み、交渉員氏名等の事前開示なき限り、団体交渉には応じられないとの姿勢をとつたため、これを不当とする組合側との対立が深刻化し、同年七月以降、組合側は、勤務時間中上司の命令を無視し、「仕事より組合活動の方が優先する。これを注意するのは不当労働行為だ。」などと言つて、随時離席して団交要求のため社長室に押しかけたり、客と社長が商談している中に割つて入つて団交要求をしたり、社前で支援者多数とともに気勢を上げたり、社前に集つた支援者と呼応して社内で騒いだり、ゼツケンを着用したまま就労し、その服装のまま証券取引所に出入りしたり、社内にスピーカーを持込み、各階を回つて五分ごとにスト宣言を発したりするなどの行動をひんぱんに行ない、これに対し会社側も、賃金カツトの外、組合員らを実力で社外へ排除したり、あるいは、組合員らの社内への立入りを実力で阻止したりして対抗したため、社内あるいは会社出入口等で組合側と会社側との衝突が日常的に繰返されるようになり、その際、組合側に負傷者が出たりしたことも加わつて、労使関係は益々こじれ、紛争は混迷状態に陥つた。

三  自宅待機命令等

丸金証券と丸金労組間の労使紛争は、右のような経過のもと、収拾を見ぬまま、同年末を迎えたが、会社側は同年七月以降の組合側の行動により社内秩序がかく乱され通しで、しかも客からの注文も減り解約もふえるなど営業にも支障を来したため、同年一二月二七日、当時の組合員全員、すなわち、被告人、神保佳寿子、山崎真理子の三名に対し、社内秩序の維持、事故の防止及び組合に反省を求めることを目的として、翌五一年一月五日から同月一四日まで一〇日間の自宅待機命令を発令した(その後、右命令は何回か更新され、同年六月一三日以降は無期限の命令となつた)。

これに対し組合側は、右自宅待機命令を不当とし、その撤回を求めて、就労闘争を開始し、休日を除く連日、同社従業員の出勤する時刻に合わせて午前八時半前後ころ会社裏口へ行き、裏口で坐り込んだり、集まつた支援の者(多い時には五〇名前後)とともにピケツトを張つたりして従業員の就労を妨害したりするとともに会社幹部に対し就労要求をし、就労拒否を確認した後、社前に回り、同所に午前九時半あるいは一〇時前後、場合によつては昼過ぎまで止まり、一階正面硝子に「団交に応じろ」「自宅待機命令を撤回せよ」「暴力の責任をとれ」等と記載したビラを数十枚ないし一〇〇枚前後貼付し、支援の者と気勢を上げたうえ、右ビラを貼り捨てにして引上げるという行動を繰返し、また、その際、時には会社側が裏口あるいは正面出入口を開けた隙に足を突込んで社内に立入ろうとして会社側ともみあつたり、一階正面硝子やシヤツターをたたいて会社業務を妨害するなどの行動もとつた。なお、この社前あるいは裏口での就労闘争中、会社側ともみあうなどした際、組合側は数名の負傷者を出している。

四  ビラの貼り方等

組合側は、自宅待機命令の発せられた当初、ビラを一階正面硝子にセロテープで貼つていたが、まもなくこれを澱粉糊に切替え、ビラを剥がしにくくしたところ、これに対抗して、会社側は、ビラを剥がし易くするために一階正面硝子にシリコンを塗るようになつた。ところが、これを知つた組合側は、同年三月ころより、今度は澱粉糊にボンドを混入したうえ、これでビラを貼り付けるようになつたため、さらに会社側は、組合側が会社周辺から引上げるまでの間、休業中の観を呈することを忍んで一階正面シヤツターを下ろし、ビラを貼りにくくしたが、それでも組合側は、すだれ状のシヤツターの隙間から手を入れ、一階正面硝子に対するビラ貼りを繰り返した。その後同年六月になつて、会社側はシヤツターを下ろすことを中止したが、一階正面硝子にシリコンを塗布してあるのは従前通りであつたため、組合側も従前通りボンド混入の澱粉糊で一階正面硝子に対するビラ貼りを行なつていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、丸金労組の組合員として、前示のとおり、連日、会社周辺で就労闘争を行ない、会社一階正面硝子にビラ貼りをしていたものであるが、昭和五一年六月二八日も就労闘争のため、同じ組合員である神保佳寿子、山崎真理子及び支援者三〇名位とともに丸金証券周囲に集合した。

そして、被告人は、会社一階正面硝子にいつものようにビラ貼りすることを右神保佳寿子、山崎真理子及び支援者である神保隆見と共謀のうえ、同日午前八時三〇分ころより、社前において、山崎真理子がハンドマイクを使い、「会社は自宅待機を撤回しろ。」「団交に応じろ。」などと大声を上げ始める一方、被告人において、同社一階正面左右コンクリート柱に会社側の「貼紙厳禁 管理者」と墨書したビラが五枚掲示されてあつたにもかかわらず、予め用意していたポリバケツからボンド混入の澱粉糊を右手にはめた軍手につけて、同社一階正面にある同社の出入口扉硝子二枚、壁面硝子六枚、掲示箱用窓硝子一枚(これらは、いずれも透明厚ガラスである。)に塗り始め、同社総務部長林義治が「違法なビラ貼りはやめなさい。」と警告するのも無視して同三四分ころよりビラ貼りを行ない、同三五分ころ右林が貼られ始めたビラを剥がそうとするや、これを阻止したうえ、なおもビラ貼りを継続し、その後、同三六分ころ、神保隆見において被告人にビラを一枚づつ手渡して被告人のビラ貼りを手助けし、同四〇分ころからは、神保佳寿子も右手に軍手をはめ、被告人と同様の方法でビラ貼りを始め、同五五分ころまでの間に被告人及び神保佳寿子の両名で前記九枚の硝子のほぼ全面にわたつて、「団交に応じろ」「自宅待機命令を撤回し組合員を就労させろ」「暴力弾圧粉砕」「妊娠の組合員に対する暴行を謝罪しろ」「丸金経営の暴力ガードマン導入に抗議の声を」などと黒インクで記載したわら半紙大あるいはその半截大のビラ一三種類合計一二一枚を密接集中させて貼り付け、よつて、丸金証券社屋一階正面にある前記硝子九枚の美観、採光、見通し、宣伝等の効用を著しく減損し、もつて、数名共同して器物を損壊したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一  罰条

暴力行為等処罰に関する法律一条、刑法二六一条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項二号(懲役刑選択)

一  刑の執行猶予

刑法二五条一項

一  訴訟費用の負担

刑訴法一八一条一項本文

(弁護人らの主張に対する判断)

一  弁護人らは、東京地方検察庁検察官は、本件ビラ貼りとは比較にならない法益侵害をもたらしている、組合員らの告訴にかかる、会社側幹部、職制等による組合員に対する多数の暴行、傷害事件につき、公訴提起が十分可能であるにもかかわらず、未だ公訴を提起せず、右事件の処理を遅らせ、他方、組合員の行なつた本件ビラ貼り行為については、その背景となつた労使紛争の経緯等について第三者を調べるなどの客観的検討をすらしないで、早急に公訴提起を行なつているものであり、このように組合員のみをことさら起訴した本件公訴提起は著しく不平等で正義に反し、かつ組合を弾圧するものであるから、憲法一四条、二八条に抵触し、訴追裁量を誤つたものとして、公訴棄却を免れない旨主張する。

そこで、一件記録により検討するに、たしかに、組合員らが、昭和五一年七月二一日及び八月三日付で、警視庁久松警察署に対し、会社側幹部、職制等により暴行、傷害の被害を受けたとして告訴をなしたこと及び本件の結審時点である昭和五三年三月九日現在右告訴事件についての起訴不起訴の処分がなされていないことは認められるものの、他方、警視庁久松警察署においては、右告訴を受理した後その告訴事件の関係者の取調べ等の捜査を行ない、昭和五二年一月八日事件を東京地方検察庁検察官に送致しており、また右送致を受けた同検察庁においても担当検察官が逐次関係者を呼び出して取調べる等の捜査を行なつてきているものであり、これらの事実と右告訴にかかる暴行傷害事件は計一三件にのぼり、関係者が多数であること、また右告訴事件は、会社出入口等で労使がもみあつたりした際などの混乱した事態の中で発生した事案が殆んどで、事実関係が単純で行為及び犯意の明確な本件ビラ貼りと異なり、行為の状況や犯意の存否等の確定を関係者の供述に大きく依存せざるを得ないこと、しかも、それについての供述は関係者間で大きな喰違いがあり、検察官としても関係者の取調べを十分行ない、その結果を慎重に検討しなければ、適正な処分を決しがたいと推認されること等の事情を総合考慮すると、検察官が故意または著しい怠慢により右告訴事件の処理をいたずらに遅延せしめてきたとは到底認められず、したがつて、本件公訴提起をもつて、一方的に会社側に加担し組合側を弾圧する著しく不平等不公正な公訴提起であるとすることはできないから、弁護人のこの点に関する主張は採用できない。

二  弁護人らは、判示出入口扉硝子二枚、壁面硝子六枚、掲示箱用窓硝子一枚は、建造物の一部であつて、器物ではないから、建造物損壊罪に訴因変更せずに共同器物損壊罪のままで本件を有罪とすることはできない旨主張する。

そこで、判断するに、関係証拠によれば、丸金証券社屋は、鉄筋コンクリート造り六階建で、通常の二階分の高さがある同一階正面には、両脇にコンクリート柱があり、床と一階ひさしのほぼ中間に鉄製の横さんが渡され、コンクリート柱間には床から一階ひさしに伸びるアルミサツシ七本が立てられており、そして、右鉄製横さんより上には、壁面硝子六枚がアルミサツシに「はめ殺し」にされており、右横さんより下には、判示六枚の壁面硝子がアルミサツシに「はめ殺し」にされている外、回転軸の先が右横さん及び床上のステンレス板にさし込まれている判示扉硝子一対(うち一枚は補助扉硝子)及びアルミサツシ間にはめ込まれた掲示箱一個があり、その掲示箱前面に判示掲示箱用窓硝子一枚がはめ込まれていることが認められる。そして、これによれば、判示硝子九枚を含む一階正面硝子が、丸金証券社屋一階の内外を遮断し、風雨の流入を防ぐ牆壁としての効用も有していないわけではないことが認められる。

しかし、このことから、直ちに、判示硝子が建造物の一部であると結論することはできない。なぜなら、建造物の一部か否かは、その客体の、建造物との関係における効用の問題もさることながら、第一次的には物理的な問題、すなわち、物理的にみて、建造物に固着されこれと同一体化し、器物としての独立性を失つているか否かの問題であり、もし、物理的に器物としての独立性を失っていないとすれば、もはや建造物との関係における効用の如何を問わず、建造物の一部とすることはできないからである。つまり、判示硝子が建造物の一部であるか否かを決するには、第一次的にその取付状態についての検討を欠かすことができないのである。

そこで、この観点から、さらに検討を進めると、関係証拠によれば、判示扉硝子二枚は、前示のとおり、回転軸の先が鉄製横さん及び床上のステンレス板にさし込まれているが、床上のステンレス板は十字ビスで床上に取付けられているだけであり、これを外し、右ステンレス板を床上より解放し、扉硝子を持ち上げれば、扉硝子やステンレス板はもとより、床や鉄製横さんをも何ら毀損することもなく、扉硝子を取外すことが可能であり、また判示壁面硝子六枚もアルミサツシに「はめ殺し」にされているが、内側から右壁面硝子を押えているアルミサツシがやはり十字ビスで止められているだけであり、右ビスを外せば、壁面硝子及びアルミサツシを毀損することなく、壁面硝子を取外すことが可能であり、さらに、掲示箱にはめこまれている掲示箱用窓硝子一枚についても、掲示箱自体十字ビスでアルミサツシに取付けられているだけであるので、十字ビスを外すことにより、アルミサツシや掲示箱、掲示箱用窓硝子を毀損することなく、掲示箱そのものを取出すことが可能であると認められる。

このような点に照らすと、判示硝子は、建造物と物理的に同一体化しておらず、器物としての独立性を失つていないものと認めるのが相当である。

もつとも、関係証拠によれば、判示各壁面硝子とそれがはめ込まれているアルミサツシの間にはパテがつめられており、従つて、壁面硝子をそのアルミサツシから取外すには右パテを毀損しなければならないことが認められる。しかし、パテは接着剤等とは異なり、硝子を窓枠に固着一体化せしめるためのものというより、単に硝子と窓枠間の空隙をうめ、硝子を安定させるためのものであるというべきであるから、たとえ、右のような事情があつても、それ故に、壁面硝子が物理的に建造物と同一体化し、器物としての独立性が失われるものと認めることはできない。また判示扉硝子のうち補則扉硝子一枚も、上、下及び片側の、鉄製横さん、床及びアルミサツシとの間の隙間にパテがつめられているけれども、そのこと故に前記結論が左右されるものでないことは、壁面硝子の場合と同様である。

以上によれば、判示硝子は、いずれも建造物の一部と認めることはできないから、弁護人の主張は採用しない。

三  弁護人らは、本件ビラ貼り行為は、共同器物損壊罪の構成要件に該当する程度には判示硝子の効用を失わせていない旨主張するので、この点につき判断する。

(一)  美観に対する阻害状況

関係証拠によれば、丸金証券社屋一階正面は、判示硝子九枚の外、壁面硝子六枚で構成された、いわゆる「総ガラス張り」のモダンな造りとなつており、判示硝子九枚を、硝子の持つ美観に着目し、その美観を十分発揮せしめるべく配慮して、一階正面に取付けたものであることは明らかである。また、丸金証券は有価証券の売買等を業とする営利会社であつて、その社屋一階は店舗になつており、かつ右社屋は、証券会社が多数集まつている地域の一角、すなわち東京証券取引所から約二五〇メートル、東京穀物商品取引所から約一〇〇メートルの地点に、大通りに面して建てられているのであつて、会社にとつて、社会的信用ないし好印象の保持上、会社の顔ともいうべき一階正面硝子の美観が常に損なわれず、十分発揮されていることの必要性はきわめて大であると認められる。

しかるに、被告人らは、判示のとおり、判示硝子九枚に軍手でボンド混入の澱粉糊をぬりつけたうえ、美的といえない、黒インクで印刷されたわら半紙製のビラ一二一枚を密接集中させて貼り付け、その硝子面の殆んどをおおつてしまつたのであり、そのうえ、ビラの貼り方も乱雑で中には傾むいたものや破れたままになつているものもあり、さらに硝子面上ビラの貼られなかつた部分をみると、軍手で塗り付けた糊や軍手から垂れたと思われる糊の固まりが拭き取られることなくそのまま不潔な感じで残されており、これらの点に照らすと、判示硝子が美観を重要な効用としているにもかかわらず、本件ビラ貼り行為により、これが著しく害され、判示硝子は美観どころか醜悪な観さえ呈するに至つたと認められるのである。

(二)  採光に対する阻害状況

関係証拠によれば、判示硝子(但し、掲示箱用窓硝子を除く)は、鉄製横さんより上の壁面硝子六枚とともに、自然光線を一階店舗内に採り入れ、店内を明るくして、従業員の仕事をし易くするとともに顧客に対し感じよさを与えることも考慮して取り付けられているものであると認められるところ、被告人らは、前示のとおり、判示硝子のほぼ全面にわたつて透光性の低いわら半紙製のビラを密接集中して貼り付け、その結果、判示硝子からの採光を著しく阻害せしめたものであり、したがつて、被告人らの本件ビラ貼り行為により判示硝子の採光装置としての効用が著しく害されたことは明らかである。

もつとも、関係証拠によれば、会社側は一階店舗内での執務上、状況に応じて一階正面硝子の内側にあるレースのカーテンを引くこともあつたこと、一階店舗天井には螢光灯が取付けられているが、これは勤務時間中点灯されているのが通常であり、本件犯行当日も点灯されていたこと、鉄製横さんより上の壁面硝子六枚にはビラ貼りがなされておらず、従つて、これら硝子からの採光は不可能でなかつたことなどの事情が認められるが、このような事情があるとしても、前示のように判示硝子に対するビラ貼りにより判示硝子からの採光が阻害された以上、判示硝子の採光装置としての効用が減損されなかつたとすることはできない。

(三)  見透し及び宣伝効果に対する阻害状況

(1) 判示掲示箱用窓硝子について

関係証拠によれば、丸金証券一階正面には、透明の判示掲示箱用窓硝子をその前面にはめ込んだシヨウ・ウインドウ式の掲示箱一個がその上下左右を四枚の判示壁面硝子に囲まれ、歩道から見易い高さに取付けられていることが認められるところ、右掲示箱に本件犯行当時、「わが家の安心証券貯蓄」というポスター等が掲示されていたことでも明らかなように、これは、営利会社である同会社がその業務を広告し、顧客を勧誘する目的で設置、利用していたものである。

しかるに、被告人らは、右掲示箱用窓硝子のほぼ全面にわたつてビラを貼付したのであり、その結果、屋外から掲示箱内部を見透すことが著しく困難となり、従つて内部にポスターを貼り付けておくことが全く意味をなさなくなつたこと明らかである。

(2) 判示出入口扉硝子及び判示壁面硝子について

関係証拠によれば、判示出入口扉硝子及び判示壁面硝子は透明で見透しのよい大型厚硝子であつて、社屋一階の店舗正面にこのような硝子を使用したのは、(一)、(二)でのべた配慮の外に、歩道上から店内に掲示されている相場表(黒板)及びこれに取付けられた値動きを示す赤や青のランプを見えるようにするとともに店舗を開放的な感じにして店内への立入りを容易にするとの客寄せの配慮もあつてのことであることは明らかである。

ところが、被告人らはこれら硝子に前示のようなビラ貼りを行なつたのであつて、そのため、見透しが殆んど不可能となり、従つてまた、前述の客寄せの機能も発揮することが不可能となつたのである。

(3) 以上によれば、被告人らの本件犯行により判示硝子九枚のもつ重要な効用と認むべき見透し及び宣伝効果に重大な支障の生じたことは明らかである。

(四)  共同器物損壊罪の構成要件充足の成否

本件犯行による判示硝子の効用阻害状況は、以上のとおりであり、そのうえ、被告人らはもとより判示硝子に貼付したビラを自ら撤去するつもりはなかつたのみならず、ビラ貼り開始後社前を引上げるまでの一時間ないし一時間半位の間は会社側が右ビラを剥がそうとしてもこれを阻止する意図であつたものであり、従つて、後述の会社側のビラの剥離作業に要した時間も加味すれば、会社が営業中であるにもかかわらず、少なくとも二時間前後は会社が本件硝子を前述のような本来の用途に使用することを妨げる意図であつたこと、なお、このような事態は連日のように続いていたものであり、その累積のうえにさらに本件が行なわれているものであること、被告人らが本件ビラ貼りに用いた糊は、単なる澱粉糊でなく、これに強力な接着剤であるボンドを混合したものであること、そのため、右硝子にシリコンが塗つてあつたにもかかわらず、ビラの剥離作業は簡単でなく、会社側は二人がかりでホースで水をかけたり金属製のへらを使用したりして約五五分間かかつて右ビラの剥離を終えていること、さらに、会社側は被告人らの連日のビラ貼りに対し、判示硝子にシリコンを塗つたり、一時的には一階正面のシヤツターを下ろしたりしているが、このことは、会社側がこのような措置をとらざるを得ない程度に、判示硝子の有する効用が重要であり、かつその効用を維持すべき必要性が高かつたことを示すものであることなどの諸事情を総合勘案すれば、本件ビラ貼り行為により、本件硝子は共同器物損壊罪における「損壊」の域に十分達する程度にその効用を毀損されたと認定するに難くない。したがつて、被告人等の所為は暴力行為等の処罰に関する法律一条に定める共同器物損壊罪の構成要件を充足するものと評価される。

四  弁護人らは、本件ビラ貼り行為は、被害が軽微であり、行為態様も社会的相当性の範囲を逸脱していないから、可罰的違法性がない旨主張する。

しかし、本件ビラ貼り行為が正当な争議権行使の限界を超えるものであることは五で述べるとおりであるうえ、本件ビラ貼り行為が軽犯罪法一条三三号でなく、共同器物損壊罪の予想する程度の可罰的違法性を具備していることはすでに三で述べたとおりであるから、右主張は理由がなく、採用できない。

五  弁護人らは、ビラ貼りは、労働組合活動の主要部分をなす情宣活動の一手段であり、ことに労働争議におけるビラ貼り活動は、組合員に団結を呼びかけ、組合員以外の従業員や一般公衆に争議の存在と組合の意見、要求を宣伝し、組合への支援を訴えることを目的とする情宣活動であると同時に使用者に対する抗議あるいは示威運動として有効な組合活動であり、これが企業施設を利用して行われたため、使用者の施設管理に支障を来たした場合にも、そのことから直ちに組合活動としての正当性を失なうものではなく、ビラ貼りが正当な争議行為として労組法一条二項により刑事免責を受けるか否かは、具体的な争議の流れの中で、使用者側の不当労働行為の有無、ビラ貼りによつて使用者側が蒙つた損害の程度等諸般の事情を総合的に考慮して決すべきであるところ、本件においては、会社側は、被告人らが丸金労組を結成して以来、一貫して丸金労組を敵視し、会社幹部、職制を使い、御用組合である丸金証券従業員組合(以下単に従組という)を昭和五〇年五月結成させて丸金労組に対抗させ、あるいは、丸金労組組合員に対する組合脱退の勧誘威迫を行なつて組合切崩しに奔走し、同年七月までに全組合員七名のうち四名を組合から脱退させ、また同年五月二八日従組との賃金交渉が妥結するや、同年六月一三日丸金労組との第一二回団体交渉が予定されていたにもかかわらず、同月一〇日の第一一回団体交渉にも出席した組合側の支援者一名が出席しようとしたことにいいがかりをつけ、これを口実に右第一二回団体交渉を流会にし、その後組合側が団体交渉を繰り返し要求したにもかかわらず、これに一切耳を傾けないで団体交渉という労使問題を解決するために不可欠な途を閉ざし、そればかりでなく、会社側は同年六月一八日現職の労働組合幹部を丸金労組潰しのため総務部次長として雇い入れ、また組合員が短時間離席してもうるさく理由を問い正すなど監視体制を強化し、組合員から業務を取り上げ、団体交渉要求やビラ貼りを行なう組合員を社外にたたき出すなど組合員に対し数々の暴力を振い、さらにこれに抗議してゼツケンを着用して就労した組合員に対してはゼツケン着用を理由に賃金カツトを行なうなど組合破壊攻撃をしつように続け、あまつさえ、昭和五一年一月五日からは、就業規則等にも何ら根拠のない、事実上の解雇処分である自宅待機を組合員全員に命じ、その後これを次々更新して同年六月一四日には右自宅待機命令を無期限化し、組合員を職場から排除して職場内における組合活動を不可能ならしめ、これを不当として組合員が就労闘争を開始したのに対し、警察中堅幹部の職にあつた者を社長秘書として同年四月雇い入れ、労使問題を刑事事件化して警察権力の介入により組合の圧殺を図ろうとし、また都労委のあつせんで開かれた都労委立会の団体交渉も組合側が就労闘争をやめないとの理由で実質論議に入らぬまま同年六月一二日二回目で拒否し、他方、組合員に対する暴力的対応も激化させ、同年六月二一日には組合潰しを専門にしている警備保障会社のガードマンを導入するなどしてきたものであつて、会社側の不当労働行為は枚挙にいとまがない位であり、そのため組合側は存亡の危機に立たされていたものであつて、かかる労使紛争の経緯に照らせば、組合側が会社側に組合潰しのための不当労働行為をやめさせ、誠意をもつて争議解決に臨むよう、ビラ貼りを行なつて就労要求、団体交渉要求をしたのは当然の行動であり、また右に述べたように被告人ら組合員全員が社外に排除されかつ団体交渉拒否という労使問題解決の入口を閉ざされた状況下にあつては、右のビラ貼り以外に被告人らの取りうる組合活動の方法はなかつたのであり、さらに、被告人らが本件犯行当日貼つたビラの中に何ら不当な内容は含まれていなかつたこと、一年余の長期の争議状態にあつたこと、被告人らが貼つたビラの枚数が不当に多数であつたとはいえないこと、被告人らの本件ビラ貼り行為により会社側の受けた損害はあつたとしても微々たるものであつたことなどの事情を総合考慮すれば、本件ビラ貼り行為は、正当な争議行為として、労組法一条二項により、違法性が阻却されるべきである旨主張する。

そこで、右主張についての判断を示すこととする。

そもそも、一般原則としていうならば、労働組合の正当な争議行為として合法とされるのは、同盟罷業その他労働力供給の集団的停止の範囲を超えない態様の行為に限定される。したがつて、その範囲内の消極的不作為的な争議行為であれば、これにより、使用者に企業指揮権、施設管理権行使のうえで各種の障害が生じても、使用者はこれを忍受しなければならないが、しかし、右の労働力供給の集団的停止の限度を超え、使用者の意に反し積極的に使用者の企業指揮権、施設管理権を侵犯阻害するがごとき行為は、それが労働争議に際してとられた手段であつても、正当行為としての保護は受けられないというべきである。

ところで、本件ビラ貼りについては、被告人らが会社の明示もしくは黙示の承諾を受けなかつたことは明らかであり、かつ、同会社において、従前社屋一階正面の判示硝子に多数枚のビラ貼りを組合に許容する慣行があつた事実も認めることができない。また、本件ビラ貼りは、すでに述べたように、判示硝子を「損壊」する程度に多数枚のビラ貼りを行なつたものであり、その態様からして、先に述べた労働力供給の集団的停止という限界を逸脱した積極的侵害行為と認められ、かつその逸脱の程度も甚だしいものということができる。してみると、前記の争議行為の正当性に関する一般原則からいつて、本件ビラ貼り行為の違法性は認められて然るべきである。

もつとも、本件においては、丸金労組の力が会社側に比しきわめて劣弱であり、そのため、前述の一般原則上正当とされる範囲内の争議行為によつては、会社側に強力な圧力を加えることができなかつたという特殊な事情がある。しかし、そうであるからといつて、そのような場合に、いわゆる労使対等の原則が救済的に働くものではなく、通常の争議行為としては許されないような手段まで、丸金労組の側に許容しうるとすることはできない。なぜなら、労使対等の原則は、労使の交渉において、労使が雇傭上の従属関係を離れ、対等の人格的基盤の上に立つて、それぞれの有する社会的経済的実力を社会的に是認せられる手段、方法によつてたたかわせ、公正な争いによつて、事態を解決するという理念であつて、その対等な人格が、現実に有する力についてまでこれをなんら差のないものとしようとするものではないからである。したがつて、むしろ具体的な争議の帰趨は現実的な労使の力関係によつて決まるのが当然であるとさえいいうるのである。

また、会社側の不当労働行為に対抗してなされたという事情が本件ビラ貼り行為を正当な争議行為として労組法一条二項による違法性阻却の事由たらしめるか否かについては、これを肯定する裁判例もないわけではない(名古屋高裁昭和四六年五月六日判決・判例時報六三七号九一頁等)。しかし、かかる事情は原則として犯罪の情状に属する事柄であり、たとえ、このような事情があつたとしても、これにより、本来違法な争議行為につき労組法一条二項、刑法三五条による刑事免責をなすべきものではない。もとより、使用者側の対応如何により、組合側の行動の違法性も、単に情状としての増減に止まらず、質的に変化することはありうるが、それは正当行為に転化するかという視点に立つて判断されるべきものではなく、正当防衛、緊急避難の視点に立つた違法阻却の有無として判断されるべきものである。すなわち、使用者側に、たとえ不当労働行為と目される所為があつたとしても、組合としては、団体交渉、合法的な情宜、抗議活動、同盟罷業など実定法上認められた範囲での団体行動権を行使してこれに対抗するか、労働法上もしくは民事法上の救済あるいは刑事法上の制裁等を労働委員会、裁判所、検察庁等関係諸機関に求めるのが本筋であり、それすらもできない、いわば正当防衛、緊急避難に該当する場合は別として、かかる場合に該当しないのに、本来違法な積極的加害行為による自力救済的実力行動を許すべき政策的必要性もなく、またこれを法が許容していると解すべき根拠もないのである。

そこで次に、本件ビラ貼り行為が、正当防衛もしくは緊急避難の法理またはこれらの類推によつて違法性を阻却されるべきものであるか否かを検討する。なお弁護人らの前記主張によれば、本件の場合、被告人らが本件ビラ貼り行為により防衛もしくは保全しようとした法益は、労働基本権たる被告人らの団結権、団体交渉権、団体行動権ということになると思料されるので、この法益との関係において、右の点を検討することとする。

ところで、右にのべた労働基本権という法益は、正当防衛や緊急避難について一般に考えられている生命、身体、有体財産等と異なり、抽象的、観念的な法益であり、またその得喪も、会社側の不当労働行為によつて瞬時に失われるとか、永久に回復が不能となるとかという性質のものではないから、その特殊性に鑑み、防衛行為の必要性、相当性、避難行為の補充性、必要性の各要件を満たす場合はかなり絞られたものとなつてくるといわざるを得ない。そして、本件の場合をみると、関係証拠によれば、被告人らは、昭和五〇年六月一三日以降本件犯行当日に至るまで会社側から団体交渉を実質的に拒否された状態にあつたこと、および昭和五一年一月五日以降本件犯行当日まで自宅待機命令により職場から排除された状態にあつたことは認められるけれども、他方において、会社側と丸金労組との間の団体交渉が長きにわたつて実質上途絶えてきたことについては、交渉員の氏名、権限の事前開示なき限り団体交渉には応じないなどといつた会社側の柔軟性を欠いた姿勢にその責任の一半があることは明らかであるにしても、すべてを会社側に帰せしめるのは相当でなく、組合側の、例えば、昭和五〇年六月一三日の第一二回団体交渉において、会社側から責任不明の支援者の出席する団体交渉は困るとして、委任状の提示及び身分の明示を求められたのに、右支援者の姓及び所属団体の略称を明らかにしただけでその余の要求に応じようとしなかつたとか、ようやく、会社側を都労委の立会団交の席に引出したにもかかわらず、なお(犯行に至る経緯)三で認定したような常軌を逸した争議行為を連日続けたとかの柔軟な対応を欠いた姿勢にも一半の責任があつたといわねばならないこと、会社側が右自宅待機命令を発令、更新したについては、(犯行に至る経緯)二、三で認定したような組合側の争議行為があつたためであり、右争議行為が時、所、方法を選ばぬ常軌を逸したものであつた点に照らせば、右自宅待機命令は、被告人らのこのような不当な行動により混乱に陥つた社内の秩序を回復することに主たる目的があつたというべきであり、結局これを違法なものと断ずることはできないこと、右自宅待機命令の結果、組合側は職場内における争議行為等がなしえなくなるという不便が生じたが、会社周囲において争議行為等を行なうについては実際上支障がなかつたこと、右自宅待機命令は有給であつたため、経済的逼迫という理由によつて右争議行為等を行なえなくなるとか組合の存続が危うくなるという虞れは存しなかつたこと、本件ビラ貼り行為は、会社側に自宅待機命令を撤回させ、また団体交渉の再開に応じさせる目的でとつた行動であるが、そのような目的を実現するためには若干回り道でも確実でかつ合法的な方法は他にいくらでもあつたのであり、本件のような会社施設に対するビラ貼りが唯一ないし已むを得ない方法であつたとはいえないし、それどころかこのような方法により会社側に圧力を加えることは、会社側が都労委の立会団交を拒否した経緯からも明らかなように、むしろ会社側の感情をいたずらに刺激し、会社側の態度を硬化させるだけで、被告人らの報復的感情は満足されるかもしれないが、前記のような目的を実現するためには最悪の方法であつたとさえいえること等の事情が認められるのであり、これらの事情に照らすと、会社側の団交拒否等により、被告人らの団結権、団体交渉権、団体行動権に障害を来していたにしても、未だもつて、右法益を防衛あるいは保全するために本件ビラ貼り行為に出ることを正当化するのに不可欠な、正当防衛における必要性、相当性の要件、緊急避難における補充の原則、相当性の要件が満たされた状況は存在しなかつたと認めることができるのである。

以上述べてきたところから明らかなように、本件ビラ貼り行為の違法性が阻却されることはないから、弁護人の前記主張は採用しえない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 森岡茂 谷川克 須田賢)

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